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2011年03月 アーカイブ

静岡までお茶買いに・・・

こんにちは。


今日からお茶の情報をたっぷり詰め込んだ道楽ブログをはじめます。


どうぞよろしくお願いいたします。


わたしはティーバッグのお茶が大好き。


やっぱり静岡産のものが一番ですね。


お茶に合うお菓子を探すことを生きがいとしています。


ここでいくつかお菓子を紹介していきましょう。


氷室・・・葛製饅頭で中には氷に模した三角形の羊菱を入れます。


氷室とは、天然の厚氷や雪を、山麓の日陰に穴を掘って作った室で、六月朔日に禁中に氷を献上したものです。


天焼饅頭・・・薯預饅頭の上部に鉄板で少し焼目をつけます。


江戸の稽古場へ出張の途中、静岡浜松の小饅頭を見て好まれたもの。


千代の友・・・蒸羊義仕上げで、上部は淡紅、下部は白色で、美しいものです。


このころから舶来のカステーラ・カルメラなどが、惣菓子に使われました。


月羹・・・安永から文政のころの餅菓子全盛時代で、上等の製菓はまだ幼稚ですが、好菓子は多いですね。


白小豆の羊養を丸い棒状にして小豆飽の羊養で外部を丸く包み、小口切りとします。


雲門・・・弘化2年(1845)巳10月、宗旦遠忌において好まれたもので、道明寺餅の外皮を白の小倉餓で包んで仕上げ、楕円型に作ります。


ティーバッグのお茶に合うお菓子は?

旭餅・・・弘化3年(1846)5月のお好みで、飽は紅色で丸く、葛製の外皮で四方より包みます。


薄皮餅で包むものもあります。


加茂の山・・・弘化5年(1852)3月の好みで、白飴入りで、外部は小豆鱈のきんとん作りで少し平たいもの。


竹流し・・・外回り2cmあまりの青竹を12cmほどに切り、中へ淡紅または胤色の錦玉(號珀)糖の柔らかいものを流し込み、使う時、節に小穴をあけます。


鱗づる・・・鱗型の小豆餌を入れた薯預饅頭で、上部に鶴の焼印があります。


これは利休居士の室、宗恩女の紋所にちなみ、追悼の好み。


寒牡丹・・・徳川末期の文政ころから明治初期の好みです。


製菓としてはまだ初期時代ですが、好みとしては嘉永、安政ころに非常に多いですね。


薄紅色の落雁製で、中に黄餌を入れて、平形の押物ように作られています。


ティーバッグのお茶のような便利なものあまだなかった時代ですが、このようにお菓子の種類はすでに豊富だったのですね。


ティーバッグのお茶に合うお菓子は? その2

春の野・・・春の野春の菜畑にちなんで好まれ、黄と青に染分けた練物。


厚さ約1cm。色は淡色です。


寒月・・・嘉永2年(1849)10月の好みで、蒸羊糞の中心に丸く白外郎を入れます。


樟物に作り、小口切りとして使用します。


六閑斎好みとも伝えられます。


仙家・・・蒸羊糞で、外は小豆飽を使い、内部に小豆のつぶし館を入れます。


長さ21センチ、巾4cm、厚さ2センチ5ミリほどに仕上げた樟物です。


此花・・・梅の花の異名を此花といいます。


中は小豆鱈を丸め、外は紅白のきんとんを染分けに着せて、紅梅白梅の美しさを見せています。


嘉永3年(1850)10月の好みに、咲分と銘され、黄色飴入りきんとんもあります。


百合金団・・・外部を、白小豆と百合根を合わせて白きんとん仕立てに作り、中に小倉餓で、安政2年(1855)10月に好まれました。


銀杏餅・・・裏千家の露地に生えている、宗旦手植えの公孫樹の実を応用して好みます。


道明寺餅の中に銀杏を散らし入れ、楕円に作ります。


砂糖の調味です。餡なし。


三友餅・・・餡入り。求肥皮に外部に熱りケシをまぶします。


2cmほどの直径の一トロ型です。


笑くぼ・・・自然薯製で、小豆の漉し飽を入れて上部を少しくぼませ、笑くぼに見せ、朱点をつけて、玄々斎が茶の菓子として好まれました。


現代のティーバッグのお茶と合わせて味わってみたいお菓子ですね。

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